農作物の原産地判別の重要性
いくつかの世界的傾向により、食品業界に対し、商品が安全で倫理的に生産されており、対価にふさわしいものであることを顧客に保証すべきであるというプレッシャーが増しています。これらの傾向とは次のとおりです。
- 食品偽装:黒コショウなどの高価値の食品や香辛料は、置き換え、希釈、不正表示などの主な標的になります。経済的動機による粗悪化により、消費者が欺かれ、安全上のリスクにさらされる可能性があります。
- 持続可能性とトレーサビリティを守るための規制:欧州森林破壊防止規則(EUDR)や、森林破壊に対する広範な消費者運動により、証明可能で持続可能な調達に対する需要が高まっています。
- 地理的表示保護(PGI):PGI ラベリングには、検証済みの原産地証明が必要です。PGI ステータスの資格を満たす商品は多くの場合、価格や卸売業者からの評価が上がります。
信頼性の高い分析ツールを使用すれば、偽装を防ぎ、生産者と消費者を守ることができます。以前に「大豆原産地の産地確認」の記事で説明したとおり、ICP-MS とケモメトリックスによる穀物の元素プロファイリングが、これらの取り組みに役立ちます。
黒コショウの原産地の特定
黒コショウなどの香辛料の元素組成には、土質、気候条件、農業生産方式など、その成長環境が反映されます。また本研究では、Agilent 7850 ICP-MS と Agilent Mass Profiler Professional(MPP)ソフトウェアを使用して、コショウの実の原産地を特定するための堅牢なモデルを調査しました。
黒コショウは「香辛料の王様」とも呼ばれ、古代よりその独特の風味、香り、料理や医学における多用途性が珍重されてきました。詐欺師たちは、このような高価値で幅広く消費される食品をターゲットに金銭的利益を得ようとする行動を、ますます活発化させています。コショウのサプライチェーン、偽和物混入、偽装表示、調達元に関する文書の不備は、業界の継続的な課題です。その主な理由は、香辛料が粉状または破片状で販売されることが多いためです。このため、原産地を確認し、トレーサビリティを向上させることができる堅牢な分析メソッドが必要となっています。
サンプル前処理とメソッド評価
この研究用に、5 か国(ブラジル、カンボジア、インド、インドネシア、ベトナム)から合わせて 150 種類の黒コショウサンプルを集めました。これらのサンプルを粉砕、均質化して、硝酸(HNO3)と過酸化水素(H2O2)で事前分解してからマイクロ波分解しました。冷却後に、容器に 0.5 % の HCl 溶液を 30 g 充填しました。各サンプルを前処理し、7850 ICP-MS と ORS4 コリジョンリアクションセルで 3 回分析して、精度と再現性を確認しました。主要栄養素、微量金属、希土類元素を含む 38 の元素の平均濃度を、3 回の測定から計算しました。ホウ素(ノーガス)を除くすべての元素について、ORS4 をヘリウムモード(He KED)で使用してデータを取り込みました。
次の性能基準が示すとおり、7850 ICP-MS メソッドはこの研究に適しています。
- すべての元素の検出下限は IUPAC ガイドラインに従って計算し、ppt~ppb レベルの数値を示しました。
- 微量元素と主要元素は優れた直線性を示し、すべての検量線で R > 0.999 を達成しました(図 2)。
- 黒コショウの標準物質(TBK001RM)の As、Cd、Pb の測定と、RM の他の元素の添加回収試験の結果は 81~119 % でした。これはマトリックス干渉が最小限であることを示しています。
- 数日間の長期分析で、Bi と In の内部標準の回収率は ±20 % 以内でした。これは装置の堅牢性と安定性が高いことを示しています。
MPP ソフトウェアによるケモメトリックス分析
150 種類の黒コショウサンプルで測定した 38 元素の元素データを組み合わせて MPP ケモメトリックスソフトウェアにインポートし、統計解析を実施しました。主成分分析(PCA)により、複雑なデータセットが、分散が最大の主成分に縮約されます。原産地にもとづいて黒コショウサンプルグループ間の違いを特定するために、p 値のカットオフ値を 0.05 として PCA を実行しました。最初の 3 つの主成分(PC)がデータセット内のすべての分散の 77.2 % を占め、PC1 だけで分散全体の半分以上を占めます(図 3)。PCA から、次のこともわかりました。
- ブラジル、インド、インドネシアのサンプルと標準物質が、明確なクラスタグループを形成しました。
- カンボジアとベトナムのサンプルがオーバーラップしました。これはおそらく地理的に近く、気候と土壌特性が似ているためです。
- 識別のために最も重要な元素には Yb、Tm、Pr、Er、Nd、Ho(PC1)と Ca、K、Mg、Rb、Pb、Zn(PC2)が含まれていました。
これらの結果から、元素組成のわずかな分散からでも、地域的な差異が明確になることがわかります(図 3)。
クラス予測モデル
MPP ソフトウェアは複数のクラス予測アルゴリズムを備えています。今回の研究では、黒コショウサンプルの原産地をその元素組成にもとづいて同定する予測モデルを開発するために、線形判別分析(LDA)とランダムフォレスト(RF)を選択しました。
トレーニングセットが黒コショウサンプルの 80 % を占め、残りの 20 % がテストセットでした。トレーニングセットを使用して、サンプルを原産地別に最も効果的に区別するパターンを特定してモデルを構築し、そのモデルをテストセットでバリデーションしました。その際、サンプルの区別とクラスタリングを視覚的に評価するために、LDA スコアプロットを使用しました(図 4)。
次に、30 種類の未知サンプルから成るテストセットを使用して、モデルの分類精度を評価しました。その結果、LDA モデルにより、30 種類のサンプルのうち 24 種類の原産地が正しく割り当てられ、RF モデルは 100 % 正確でした。
これらの結果から、ICP-MS とケモメトリックスモデリングにより、黒コショウの原産地を確認し、業界内の真正性とトレーサビリティの取り組みを強化できることがわかります。
詳細はこちら
- Chilaka, C. A.; Aparicio-Muriana, M. M.; Petchkongkaew, A.; Quinn, B.; Birse, N.; Elliott, C. T.『A combined elementomics, metabolomics, and chemometrics approach as tools to identify the geographic origins of black pepper(エレメントミクス、メタボロミクス、ケモメトリックスの組み合わせによる黒コショウの原産地の特定)』 Food Chem, 2025, 492 (2), 145420. https://doi.org/10.1016/j.foodchem.2025.145420
- Aparicio-Muriana, M.M., Hong, Y., Chilaka, C.A. et al.『ICP-MS の大規模データセットとケモメトリックスツールを用いた黒コショウ原産地の識別(英語)』、アジレント技術資料、5994-8741EN
- 2021 年 4 月 Thought Leader Award 受賞者 - アジレントのユニバーシティリレーションズ
アジレントのユニバーシティリレーションズの Thought Leader Program および授与 ID #4628
DE-013654