警戒の必要性:新規の変異株とワクチンブレークスルー

1 年と少し前、世界保健機関は COVID-19 がパンデミックであると公式に宣言しました。1 その宣言から 12 か月後、2 つの新しい RNA ワクチンと 1 つのアデノウイルスベクターワクチンが開発され、FDA は緊急使用承認を行いました。2–4 これによりワクチン接種の取り組みが加速され、2021 年 5 月 20 日時点で米国で 2 億 7500 回以上のワクチンが投与されました。5

COVID-19 ワクチンの効果によって後押しされたワクチン接種率の成功により、CDC はマスク着用に関するガイダンスを緩め、6 各国は規制解除の方向へ動き出しました。しかし、完全にワクチン接種が済んだ人が SARS-CoV-2 に感染する、ブレークスルー感染の可能性を考慮した場合、ワクチンは決め手にならず、これからも警戒する必要があるという点が重要です。

最近、このようなブレークスルー感染が 2 例、ロックフェラー大学でルーチンのスクリーニングの後に確認されました。最近の出版物の中で、7 研究者らがターゲット RNA-Seq を用いてこれらの症例を詳しく調査し、臨床的に重要な変異株の可能性について検証しています。

ブレークスルーを見つけるための警戒

ロックフェラー大学は 2020 年秋、唾液を用いた SARS-CoV-2 qPCR 検査を、すべての従業員と学生を対象に開始しました。今年に入ってから、Moderna または Pfizer-BioNTech ワクチンのいずれかを接種した 417 人(検査の 2 週間以上前に 2 回目の接種を完了)と、ワクチン未接種の 1,491 人の検査をモニタリングしました。

このスクリーニングの取り組みを通じて、ロックフェラー大学は、有症状の SARS-CoV-2 陽性者 2 名を確認しました。いずれの個人も COVID-19 重症化の危険因子はありませんでした。患者 1(51 歳女性)は Moderna ワクチンを接種し、患者 2(65 歳女性)は Pfizer-BioNTech ワクチンを接種していました。

このような珍しい症例を考慮し、研究者たちは、Agilent SureSelect CD Pan Human Coronavirus パネルを使用して両方の患者の RNA のターゲットシーケンスを実施しました。8 このパネルには、 SARS-CoV-2 だけでなく、すべてのヒトのコロナウイルスを対象とするプローブが含まれています。

Pan Human Coronavirus パネルは、COVID-19 パンデミックに対応するために、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンで病原体ゲノミクスユニットのディレクターを務め、COVID-19 Genomics UK Consortium のメンバーである Judith Breuer 教授が設計しました。このパネルと、病原体ゲノミクスにおけるターゲット NGS の使用のメリットに関する詳細は、以前の記事を参照してください。

ブレークスルーを克服

SureSelect CD Pan Human Coronavirus パネルを使用して、研究者たちは、臨床的に重要であると考えられる複数の変異を特定しました。両方の患者は D614G 変異を有する変異株に感染していましたが、中和抗体に耐性を示すことがすでに明らかになっている E484K 変異を有する変異株に感染していたのは患者 1 のみでした。9,10 研究者たちは患者 1 の変異株をさらに詳しく分析し、同株は対象となっている B.1.526(ニューヨーク)と B.1.1.7(英国)変異株に関連性がある(ただし、区別される)ことを確認できました。

警戒の必要性:新規の変異株とワクチンブレークスルー

ワクチン応答の確保

これが、ワクチン反応の欠如ではなく本当にブレークスルーである証拠を提供するために、研究者たちは疑似タイプの中和アッセイを使用しました。50 % 中和抗体価(NT50)は、感染後 6.2 か月後のワクチン未接種者(NT50 = 78)と比較し、ワクチン接種者と、感染後 1.3 か月後のワクチン未接種者(それぞれ、NT50 = 451 および 401)で有意に高い値が示されました。しかし、ワクチンを接種し、感染した後の患者 1 に見られる非常に高い中和抗体価(NT50 = 3,209)は、ワクチン誘導抗体応答と一致しています。

E484K 変異、および同様にニューヨーク変異株によってもたらされる、すでに観察されている抗体耐性を考慮し、9,10 研究者たちは、患者 1 の抗体がこれらの変異株を認識できるかどうかを確認しました。野生型の E484K 変異株とニューヨーク変異ウイルスとの間で NT50 価に大きな差はなく、ワクチン応答は試験対象の変異株を認識するのには十分であり、今後の感染を防ぐのには十分でないことが示唆されています。

考察

今後は、ワクチンによる予防効果を回避可能な SARS-CoV-2 変異株を特定することが非常に重要になってきます。それにより、変異株の広がりをモニタリングし、それらを対象とするワクチンを作り出せる可能性があるからです。望ましくないニュースである一方、このような所見により、米国で現在進行中のワクチン接種の取り組みの重要性が損なわれることはないと、著者たちは指摘しています。

「臨床的に懸念される変異株に変化するウイルスの能力を考慮し、疾病の広がりと、関連する疾病率を抑制するために、継続的にそれらを特定する必要があります」と、ロックフェラー大学の Heilbrunn Professor で、主任医師である Robert B. Darnell, M.D., Ph.D. は述べています。

特に最近改正された CDC のマスク着用ガイドライを踏まえた上で、6 最終的な克服を目指して今後もパンデミックに対応していく中、これらの所見は警戒の必要性を強調しています。


参考文献:

  1. WHO Director-General's opening remarks at the media briefing on COVID-19 - 11 March 2020 https://www.who.int/director-general/speeches/detail/who-director-general-s-opening-remarks-at-the-media-briefing-on-covid-19---11-march-2020 (accessed May 25, 2021).
  2. Office of the Commissioner. Pfizer-BioNTech COVID-19 Vaccine https://www.fda.gov/emergency-preparedness-and-response/coronavirus-disease-2019-covid-19/pfizer-biontech-covid-19-vaccine (accessed May 25, 2021).
  3. Office of the Commissioner. Moderna COVID-19 Vaccine https://www.fda.gov/emergency-preparedness-and-response/coronavirus-disease-2019-covid-19/moderna-covid-19-vaccine (accessed May 25, 2021).
  4. Office of the Commissioner. Janssen COVID-19 Vaccine https://www.fda.gov/emergency-preparedness-and-response/coronavirus-disease-2019-covid-19/janssen-covid-19-vaccine (accessed May 25, 2021).
  5. CDC. COVID Data Tracker https://covid.cdc.gov/covid-data-tracker/ (accessed May 25, 2021).
  6. CDC. COVID-19 and Your Health https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/prevent-getting-sick/cloth-face-cover-guidance.html (accessed May 25, 2021).
  7. Hacisuleyman, E.; Hale, C.; Saito, Y.; Blachere, N. E.; Bergh, M.; Conlon, E. G.; Schaefer-Babajew, D. J.; DaSilva, J.; Muecksch, F.; Gaebler, C.; Lifton, R.; Nussenzweig, M. C.; Hatziioannou, T.; Bieniasz, P. D.; Darnell, R. B. Vaccine Breakthrough Infections with SARS-CoV-2 Variants. N. Engl. J. Med. 2021, No. NEJMoa2105000. https://doi.org/10.1056/NEJMoa2105000.
  8. アジレントは、このパネルで検証と妥当性確認を行っていません。本製品は一般的な実験用途での使用を想定しており、医薬品医療機器等法に基づく登録を行っておりません。
  9. Wang, Z.; Schmidt, F.; Weisblum, Y.; Muecksch, F.; Barnes, C. O.; Finkin, S.; Schaefer-Babajew, D.; Cipolla, M.; Gaebler, C.; Lieberman, J. A.; Oliveira, T. Y.; Yang, Z.; Abernathy, M. E.; Huey-Tubman, K. E.; Hurley, A.; Turroja, M.; West, K. A.; Gordon, K.; Millard, K. G.; Ramos, V.; Da Silva, J.; Xu, J.; Colbert, R. A.; Patel, R.; Dizon, J.; Unson-O'Brien, C.; Shimeliovich, I.; Gazumyan, A.; Caskey, M.; Bjorkman, P. J.; Casellas, R.; Hatziioannou, T.; Bieniasz, P. D.; Nussenzweig, M. C. MRNA Vaccine-Elicited Antibodies to SARS-CoV-2 and Circulating Variants. Nature 2021, 592 (7855), 616–622.
  10. Weisblum, Y.; Schmidt, F.; Zhang, F.; DaSilva, J.; Poston, D.; Lorenzi, J. C.; Muecksch, F.; Rutkowska, M.; Hoffmann, H.-H.; Michailidis, E.; Gaebler, C.; Agudelo, M.; Cho, A.; Wang, Z.; Gazumyan, A.; Cipolla, M.; Luchsinger, L.; Hillyer, C. D.; Caskey, M.; Robbiani, D. F.; Rice, C. M.; Nussenzweig, M. C.; Hatziioannou, T.; Bieniasz, P. D. Escape from Neutralizing Antibodies by SARS-CoV-2 Spike Protein Variants. Elife 2020, 9. https://doi.org/10.7554/eLife.61312.