概念から臨床まで:SARS-CoV-2 ワクチンが切り拓くパンデミック収束への道筋

2020 年 12 月、SARS-CoV-2 感染者数が新たに急増し、COVID-19 パンデミックにおける世界中の死者数が 160 万人を上回る中 1、ついにワクチンが承認されたという待望のニュースが届きました。Pfizer と BioNTech のワクチンに対して、FDA から初めて緊急使用許可(EUA)が承認されました2。同月に Moderna のワクチンに対しても EUA が承認されました3

これら 2 つのワクチンで大きく共通しているのが、記録を打ち破る開発スピードだったという点です。どちらのワクチンも有効性が非常に高く4,5、ともに RNA ワクチンです。これらは、FDA から緊急承認を受けた初めてのワクチンとなります。

新しいタイプのワクチン

従来のワクチンは、免疫応答を誘導するために通常は弱毒化または不活化ウイルスのいずれかを使用しますが、RNA ワクチンはこれらと異なり、メッセンジャー RNA(mRNA)を使用して細胞に命令を伝達します。mRNA は細胞にウイルスタンパク質(この場合は SARS-CoV-2 スパイクタンパク質)の作り方を伝え、作られたウイルスタンパク質が人間の免疫系によって認識されます。この技術には、感染の恐れのある物質の使用が不要、開発時間が短いといった多数の利点がありますが、いくつかの課題もあります。

これらの RNA ワクチンは有望な技術である一方、これまで FDA は RNA ワクチンを承認していませんでした。RNA を使用することも課題の 1 つでした。RNA は不安定で劣化しやすいため、RNA の完全性と品質を確保するために、これらのワクチンでは厳格な品質管理(QC)プロトコルと高感度のツールが必要となります。このような高感度のツールの 1 つが、自動化パラレルキャピラリー電気泳動により確かな QC を実現する Agilent Fragment Analyzer System です。研究者の負担を減らしながら、短時間で多数の RNA サンプルを評価できることが不可欠になっており、total RNA 分析を高速化、高精度化、自動化するために、世界中の数百のラボで Fragment Analyzer 自動化パラレルキャピラリー電気泳動システムが採用されています。60 Minutes による「How the Pfizer-BioNTech COVID-19 vaccine was developed(どのように Pfizer と BioNTech の COVID-19 ワクチンは開発されたか)」というタイトルの最新動画の中で、アジレントの Fragment Analyzer System が取り上げられています。

期待を上回る早さ

Pfizer、BioNTech、Moderna は、困難に直面しながらも、課題に立ち向かいました。わずか 4 年という流行性耳下腺炎ワクチンの開発例があるものの、これまでワクチンの開発には 5 年から 10 年を要していました6。世界保健機関は 2020 年 2 月、SARS-CoV-2 ワクチンが 18 か月以内に開発可能であると言及し、楽観的な見通しを示しました7。そしてその 10 か月後に Moderna ワクチンと Pfizer ワクチンが予想よりも早く EUA を取得したのです。

また有効性に関しても、これらのワクチンは優れています。ワクチン開発に関する最初のガイドライン8で FDA は次のように述べています。「プラセボ対照有効性試験の主要有効性評価項目の概算は 50 % 以上である必要がある....」ちなみに、毎年のインフルエンザワクチンの平均有効性は 40 % から 60 % です9。一方 Moderna ワクチンと Pfizer ワクチンの有効性はそれぞれ 94 % と 94.8 % であり、これらの評価項目目標を優に達成しています4,5

パンデミックの形を変える

ワクチンが使用可能になった今、ワクチン接種の動きが多数の国で広がっています。ロジスティクスとワクチン供給の課題は残っていますが、この文書の執筆時点において、米国だけで 1 億 8,900 回以上のワクチンが投与されており10、このペースは加速しています。ワクチン接種が最も進んでいるイスラエルでは、2021 年 4 月 13 日の時点で人口の 57.31 % が最初の接種を、53.23 % が 2 回目の接種を済ませています。11

このようなワクチン接種の究極的な目標は、集団免疫を確立することです。人口のうち十分な割合が免疫を獲得して集団免疫に達すると、免疫を持たない人々への感染リスクが抑制されます。残念ながら、SARS-CoV-2 に対する集団免疫獲得の閾値はまだ不明で、おそらくワクチン数と地域社会ごとの要因に依存すると考えられています12。ただし、集団免疫を達成するには大人だけでなく子供へのワクチン接種が必要であると見られており、そのため Pfizer と Moderna は 12 歳以上の子供を対象とした臨床試験に着手しました13,14

結論および回想

昨年 1 年を「困難な年」と呼ぶのは、控えめな表現でしょう。COVID-19 パンデミックは、人々の健康からサプライチェーンの崩壊まで、あらゆるものに対し絶えず不確実性と不安をもたらしてきました。休日や連休に家族が集まって過ごすことができない家庭もありました。もう二度と会うことができなくなった人たちもいるでしょう。しかし、このパンデミックに希望を見出すとしたら、予想以上に人々は対応力を持っているということです。思っていたよりも私たちは強いのです。

最近行われたインタビューで、Pfizer の Albert Bourla 最高経営責任者(CEO)は、「私は科学の力を信じています。民間セクターの科学が、人類のために奇跡を起こすことができると信じています」と語りました。概念から臨床までにわたり、わずか 1 年の間に治療法を完成させることは、ラボで働く人々にとってそのような奇跡を起こしたといえるでしょう。しかも、実際にはそのような奇跡が 1 つでなく 2 つ実現されたのです。

概念から臨床まで:SARS-CoV-2 ワクチンが切り拓くパンデミック収束への道筋

残念ながら、ワクチンはパンデミックを即座に解決するものではありません。私たちの仕事は終わっていません。すべての人たちが今後も助け合って、集団免疫が確立するまで感染の広がりを抑制する必要があります。しかし、私たちは初めて、COVID-19 パンデミックから抜け出す道を開くための手段を手に入れたのです。


参考文献:

  1. Weekly epidemiological update - 22 December 2020 https://www.who.int/publications/m/item/weekly-epidemiological-update---22-december-2020 (accessed Feb 23, 2021).
  2. Office of the Commissioner.Pfizer-BioNTech COVID-19 Vaccine https://www.fda.gov/emergency-preparedness-and-response/coronavirus-disease-2019-covid-19/pfizer-biontech-covid-19-vaccine (accessed Feb 23, 2021).
  3. Office of the Commissioner.Moderna COVID-19 Vaccine https://www.fda.gov/emergency-preparedness-and-response/coronavirus-disease-2019-covid-19/moderna-covid-19-vaccine (accessed Feb 23, 2021).
  4. Polack, F. P. et al.; C4591001 Clinical Trial Group.Safety and Efficacy of the BNT162b2 MRNA Covid-19 Vaccine.N. Engl. J. Med.2020, 383 (27), 2603–2615.
  5. Baden, L. R. et al.; COVE Study Group.Efficacy and Safety of the MRNA-1273 SARS-CoV-2 Vaccine.N. Engl. J. Med.2021, 384 (5), 403-416.
  6. Young, M. L. et al.: Experiences with Jeryl Lynn Strain Live Attenuated Mumps Virus Vaccine in a Pediatric Outpatient Clinic.Pediatrics 1967, 40 (5), 798–803.
  7. WHO Director-General’s remarks at the media briefing on 2019-nCoV on 11 February 2020 https://www.who.int/director-general/speeches/detail/who-director-general-s-remarks-at-the-media-briefing-on-2019-ncov-on-11-february-2020 (accessed Apr 13, 2021).
  8. Center for Biologics Evaluation; Research.Development and Licensure of Vaccines to Prevent COVID-19 https://www.fda.gov/regulatory-information/search-fda-guidance-documents/development-and-licensure-vaccines-prevent-covid-19 (accessed Feb 23, 2021).
  9. Vaccine effectiveness: How well do the flu vaccines work? https://www.cdc.gov/flu/vaccines-work/vaccineeffect.htm (accessed Apr 13, 2021).
  10. CDC.COVID Data Tracker https://covid.cdc.gov/covid-data-tracker/ (accessed Apr 13, 2021).
  11. Coronavirus disease (COVID-19): Herd immunity, lockdowns and COVID-19 https://www.who.int/news-room/q-a-detail/herd-immunity-lockdowns-and-covid-19 (accessed Apr 13, 2021).
  12. Study to Describe the Safety, Tolerability, Immunogenicity, and Efficacy of RNA Vaccine Candidates Against COVID-19 in Healthy Individuals https://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT04368728 (accessed Feb 23, 2021).
  13. A Study to Evaluate the Safety, Reactogenicity, and Effectiveness of mRNA-1273 Vaccine in Adolescents 12 to <18 Years Old to Prevent COVID-19 https://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT04649151 (accessed Feb 23, 2021).