1.はじめに

誘導結合プラズマ質量分析法 (Inductively Coupled Plasma Mass Spectrometry, 以下、ICP-MS)は、アルゴン(Ar)ガスに高周波電力を印加して生成した誘導結合プラズマ (Inductively Coupled Plasma, 以下、ICP) をイオン源に用い、ICP に液体試料を霧状にして導入させ、プラズマによってイオン化された試料中の元素を質量分析計 (MS) によって分離、検出する元素分析のための手法である。 アルゴン(Ar)プラズマは 6000~10000 K の高温とされ、プラズマ中では多くの元素が高い効率でイオン化される。原子(実際に検出されるのはイオン)のもつ質量数は元素固有であるから、得られた質量スペクトルの質量数(正確には質量電荷数比 m/z)から元素の種類が分かり(定性分析)、元素濃度に比例して得られた信号強度から試料中元素の濃度を求められる(定量分析)。また、質量分析なので元素のもつ個々の同位体あるいは同位体比の分析も可能な(同位体(比)分析)、高感度多元素一斉分析手法である。

ICP-MS に実際に導入される試料形態は液体試料の場合が多いが、近年、レーザーなどによって微粒子化された固体試料や、専用の導入装置を用いた気体試料の直接導入も検討されている。また、ICP-MS の前段に液体クロマトグラフ(LC)やガスクロマトグラフ(GC)を接続して LC-ICP-MS, GC-ICP-MSとして化合物の形態分析などに用いられる場合もある。 ICP-MS は、環境科学、エネルギー・原子力工学、ライフサイエンス、地球科学、材料科学、半導体・電子材料など幅広い分野において最先端技術に関わる不可欠な分析手法として普及し、最も高感度な元素分析法として確固たる地位を築いている。

* (分析機器) 誘導結合プラズマ質量分析計 Inductively Coupled Plasma Mass Spectrometer
(分析法) 誘導結合プラズマ質量分析法 Inductively Coupled Plasma Mass Spectrometry
JIS 通則 : 「高周波プラズマ質量分析通則」 JIS K 0133 : 2007
(2021 年 8 月現在改正作業進行中)

2.ICP-MS の装置構成と各部位の役割

ICP-MS 装置は、分析種の流れに沿って、試料導入部、イオン化部 (イオン源、プラズマ励起源)、インターフェース部、イオンレンズ部、質量分離部(質量分析計)、イオン検出部から構成されている。イオンを検出するので質量分析計、検出器は高真空下に置かれ、これらを機能させるための電源部、ガス流量制御部、真空制御部などからなる。図 1 に示した構成は ICP-MS 装置の原型ともいえる構成で、最近の市販装置の殆どが図 2 に示したように質量分離部の前にスペクトル干渉 (後述) 低減・除去のためのコリジョン・リアクションセル部を装備している。また、コリジョン・リアクションセルの前後に四重極質量分析計をタンデム配置させてスペクトル干渉の低減・除去能力をさらに改善させた ICP-MS/MS(ICP-QQQ)は近年急速に普及している(図 3)

溶液試料は負圧吸引(自然吸引ともいう)またはペリスタルティックポンプを使用して送液され、ネブライザー(霧吹き)によりスプレーチャンバー内へ噴霧される。噴霧された霧状の試料エアロゾルはスプレーチャンバー内で粒径選別され、選別された微細な試料エアロゾルの一部は ICP トーチへと搬送され、残りはドレインとして系外に排出される。溶液の溶媒の種類によって、ふっ化水素酸導入システムや有機溶媒導入システムなどもオプションとして用意がある。試料プローブからアルゴンプラズマが形成される ICP トーチまでの基本構造は、ICP 発光分析における導入系と概ね同様である。

2.2.1 プラズマとは

プラズマとは、「気体中の原子や分子が電離して、正イオンと電子がほぼ等量混ざり合って存在し、平均的に電気的中性の状態を保っている状態である」と定義され、プラスの電荷をもつ原子とマイナスの電荷をもつ電子がバラバラの状態で狭い空間に同じ密度で存在し、全体として中性(電荷が 0)となっている電離気体で、固体、液体、気体に続く第 4 の状態とも言われる。

2.2.2 ICP トーチと構成ガス、プラズマの生成と維持

図 4に示した石英トーチ外周の誘導コイルに高周波電力を印可し、発生した電磁場によって電子とアルゴン原子の衝突が繰り返され、アルゴン原子が継続してイオン化されてプラズマが形成、維持される。三重管構造をもつ ICP トーチにはそれぞれ以下のガスが導入される。

  • プラズマガス(冷却ガス)
    三重管の石英トーチの最も外側に流されるガスで、プラズマを維持するために必要なアルコンガスを供給するとともに、トーチ外周部に多量のガスを流すことで石英管を冷却する目的があり、冷却ガス(クーラントガス) とも呼ばれる。また、大量のアルゴンガスを導入することでプラズマ中心部を大気から遮断し、プラズマ内への空気の混入を防いでいる。ガス流量は、~ 20 L/min と多く、コイル上 30 mm 程度の先端までアルゴンガスのカーテンで覆われるためにプラズマの中心部が空気から遮断されている。
  • 補助ガス
    三重管の石英トーチの中間層に流されるガスで、トーチからより離れた位置にプラズマを維持して、プラズマがトーチに接触して損傷させるのを防ぐ役目を果たしている。通常は 1L/min 程度のガス流量で使用する。
  • インジェクターガス(一般にはキャリアガス、ネブライザーガスとも)
    三重管の石英トーチの中心の細管、インジェクターに流されるガスで、ネブライザーにより噴霧されたエアロゾルをプラズマへ搬送させるためのガスである。キャリアガス流量 (圧力) は、試料エアロゾルの導入量に直接影響する要素で、プラズマの安定性に寄与して、装置感度、繰り返し再現性などの分析精度に大きな影響を与えるために精密に流量制御して導入され、最適流量に設定される。
    注意)より正確には、ネブライザーに直接導入されるガスをネブライザーガスまたはキャリアガスといい、スプレーチャンバーに導入されるガスをメイクアップガスという。これらの総量がインジェクターに導入される。

2.2.3プラズマの生成機構とその特性

図 に示した三重管構造をした石英トーチ外周に誘導コイルを配置してコイルに高周波電流を流すと、トーチ先端の軸方向に通る磁力線が生じて、電磁誘導による高周波磁界の時間的変化に応じた電界が生成する。

イグナイターにより発生させた火花放電から供給された電子がこの電界によって加速され、周囲のアルゴンと衝突してアルゴンイオンと電子に電離し、これらが増加してプラズマが生成され、渦電流が流れて高温高密度のプラズマが形成、維持されるようになる。

誘導結合プラズマではドーナツ構造のプラズマが形成されるので、ネブライザーにより噴霧されたエアロゾルが容易にプラズマ内に導入され、エアロゾルが通過する中心部周辺の高温プラズマで脱溶媒、解離、原子化、そしてイオン化されるようになる。