3.3.バックグラウンド補正

フレーム原子吸光分析法でも低波長域 (~ 350 nm) ではバックグラウンド補正を行うのが一般的であるが、電気加熱原子吸光分析法では、共存マトリックスによる光の散乱などでバックグラウンド吸収が大きく現れるためどの波長域でも補正を行う必要がある。バックグラウンドの原因には、分子吸収、未分解粒子による吸収、散乱などが考えられ、その補正にはいくつかの方法が取られる。

1)重水素ランプによる補正

重水素ランプから発する連続光を使用して補正する。フレーム原子吸光分析法では、もっとも一般的に使用される補正方法である。補正範囲は、190 ~ 420 nm であるが長波長になるに従い光量は減少し補正はホローカソードランプとの光量調整が必要になる。Na、K、Li などのように長波長に吸収をもつ元素の補正はできないが、長波長域でのバックグラウンドの影響は小さく、特にフレーム原子吸光分析法ではほとんど無視できる。

2)ゼーマン(Zeeman)補正

原子化された原子に磁場をかけるとスペクトルが分裂する効果 (ゼーマン効果) を利用して補正を行う。直流ゼーマン補正と交流ゼーマン補正がある。ゼーマン補正は、190 ~ 800 nm の波長範囲で補正が可能であり、Na、K、Li の補正も可能である。電気加熱原子吸光分析法では長波長域でもバックグラウンドの影響を無視することはできない。

3)Smith-Hieftje補正

ホローカソードランプから発せられる光は、非常にシャープな線幅を持った輝線スペクトルであり、これによって原子の吸収が測定される。ランプに高電流を流すと、自己吸収によりスペクトルはブロードになりバックグラウンドの測定が可能になる (自己反転法)。

バックグラウンド補正は、正確な定量を行うためにとても重要な項目であり、単純に補正を行えば問題がすべて解決するわけではない。吸光度が 1 以上もあるバックグラウンドを補正のみで完全に取り除くことは難しく、原子化前に、バックグラウンドの原因となるマトリックスを除去しておくことが重要になる。できるだけマトリックスを除去できる条件の設定が正しい分析値を得るためのポイントとなる。

3.4.マトリックス除去

マトリックスを除去するためには昇温条件の検討、マトリックスモディファイヤの選択、グラファイトチューブの選択などが有効である。

1)昇温条件の検討

マトリックス除去のためには灰化温度を上げる。バックグラウンドの信号をできるだけ小さくし、かつ目的元素による信号を最大にする条件を検討する。しかし、灰化温度を上げると、目的元素自体も蒸発、揮散し充分な吸光度が得られない場合も多い。いかにして目的元素を蒸発させないでマトリックスのみを排除するかが重要になる。このためにマトリックスモディファイヤ (化学修飾剤) が用いられる。

2)マトリックスモディファイヤ

マトリックスモディファイヤとしては、パラジウム (Pd)、ニッケル (Ni)、マグネシウム (Mg)、硝酸アンモニウム、リン酸等が使用される。測定対象元素は、As、Cd、Pb、Se、Sb、Tl など比較的沸点が低い元素に対して用いられる。試料 20 µL あたり 2 ~ 5 µL 程度のモディファイヤをオートサンプラにより黒鉛炉上で混合し昇温させる。モディファイヤには主に次のような働きがある。

  1. 目的元素とモディファイヤで沸点の高い化合物を生成し、灰化温度を高くしても目的元素が揮散しない状態にする。灰化温度を高めることによりマトリックスの除去を促す。
  2. マトリックスとモディファイヤで、沸点の低い化合物を生成させる。高い灰化温度をかけなくてもマトリックスを除去できる。目的元素の揮散も防ぐことができる。

加えるモディファイヤに応じて昇温条件を設定することによりマトリックスの影響を緩和、除去することができる。パラジウム (Pd) を使用した場合、各元素の灰化温度を通常より 200 ℃ から 400 ℃ くらい上げることができる。表3に一般的に使用されるマトリックスモディファイヤの種類とおおよその濃度を、図 6 に水道水中の Pb (標準液を 2 ppb 添加) の測定において、モディファイヤを添加した場合としない場合とで比較したシグナルデータを示す。モディファイヤの添加なしではマトリックスの影響で低く抑えられていた Pb の信号がモディファイヤの添加ありでは改善されていることがわかる。

3)黒鉛炉の選択

マトリックスの種類によっては、プラットフォーム型の黒鉛炉が効果的な場合もある。炉内にグラファイトの板を挿入したもので、その上に試料を注入する。試料が黒鉛炉壁面と直接接触しないため、黒鉛炉を加熱した際、炉の温度が直接試料へ伝わるのではなく、炉からの輻射熱によって原子化される。試料への熱の伝わりを遅くすることで目的元素とマトリックスによる信号の出現時間をずらすことができる。

電気加熱原子吸光分析法は、マトリックスによる影響を受けやすい。昇温条件の検討、マトリックスモディファイヤの使用、黒鉛炉の選択などによりバックグラウンドを下げることが可能になる。しかし、試料によってはどの方法によっても低減できない場合もある。試料中のマトリックス濃度(ナトリウム塩、カルシウム塩、塩化物イオンなど)は希釈などにより 1 %以下に抑えることが望ましい。

4.まとめ

原子吸光分光光度計は比較的簡単な操作で分析できることが特長の装置であるが、試料によっては注意すべき点も少なくない。すべての分析装置に同じことが言えるが、干渉の問題に関する理解が大切である。分析値が正しいのか、信頼性の高い結果が得られているのかを確かめるためには分析方法の妥当性評価が重要となる。干渉の影響を受けているかどうかは1つの分析値を見ただけでは判断できない。標準添加法、添加回収試験などを併用して干渉の有無を確認して初めて信頼性の高い結果が得られる。