発光分光分析において最も重要なのが分光器である。分光器の役割は、発光部から放射された光の束を、回折現象を利用して線スペクトルに分け、特定のスペクトル線のみを選別して検出器に導くことにある。

2.3.1.分光器

MP-AESには、シーケンシャルタイプ(1波長ごとに逐次測定する仕様)のツェルニ・ターナー型分光器が使用されている。プラズマ内で発光した光は、プレオプティクス(光学レンズ)で集光した後、入射スリット(入口側スリット)を通り分光器内部に取り込まれる。スリットを通過した光は一定の幅に広がり、対面に位置する凹面鏡によって平行光束となり回折格子へと導かれる。回折格子表面は一見鏡のように見えるが、1 mmの間に数千本もの細かい溝が精度よく刻まれており、それにより光が分光される(波長毎に分けられる)。分光された光は、次の凹面鏡で集光され、検出器で受光される。回折格子はステッピングモーターにより波長走査を制御され、特定の波長の光のみを検出器へと導く機構となっている。(図5 参照)

2.3.2.検出器

分光器内で回折格子により分光されたスペクトル線は、検出器へと導かれる。検出器には半導体検出器が利用されている。半導体検出器は、分光された光束パターンを 2次元像としてリアルタイムに検出することができるため、測定波長のピークはシグナルとバックグラウンドとが同時に検出されることになる。半導体素子に光を当てると、短い波長の光は p型層で吸収され、内部に正孔と電子を生じさせ、発生した電子はn型層へ移動していく。長い波長の光はn型層で吸収され、正孔と電子を生じさせ、正孔はp型層へ移動していく。p型層はプラスに帯電し、n型層はマイナスに帯電する。この電荷を読みだして、光の強弱を検出する。(図6 参照)

3.各種干渉について

MP-AES は、プラズマの温度が高いため、原子吸光光度計などの化学炎を使用する分析装置と比較するとかなり干渉の影響を受けにくい。しかし、装置性能の向上とともに、高マトリックス濃度のサンプルを導入するケースが多くなり、各種干渉による分析値への影響が生じる。以下に主な干渉について解説する。(図7 参照)

3.1.物理干渉

物理干渉は、サンプルの粘性、表面張力、密度などの物理的性質によりサンプルのプラズマへの導入効率が変化する現象を言う。物理干渉の影響度合いは、調製したサンプルに共存する酸そしてマトリックス成分の種類、濃度によって大きく異なる。一般的にはサンプル導入量が減少すると、それに伴い発光強度が低下する。

物理干渉を軽減するには、検量線作成用の標準液とサンプルの液性が一致するように、酸の種類、濃度、共存するマトリックス成分濃度を一致させるマトリックスマッチング法が有効である。また、内標準物質を測定元素と同時にモニターすることで、物理干渉の影響を補正することもできる。これを内標準法という。この方法はマトリックスマッチング法と比較して容易ではあるものの、測定波長と分光特性が似ている補正元素(波長)を選択する必要がある。詳細は後述する。

3.2.化学干渉

化学干渉は、プラズマ中に入ったサンプルが脱溶媒から原子化までの過程で、難解離性化合物を形成することで、解離が困難となり、原子化効率が変化するために生じる干渉である。MP-AES においてはプラズマの温度が高いために化学干渉の影響は小さいが、トータルマトリックス濃度として1%未満で測定することが望ましい。

3.3.イオン化干渉

イオン化干渉は、サンプル中にアルカリ金属などのイオン化されやすい金属が多く含まれたときに、プラズマ内の原子密度とイオン密度のバランス(イオン化平衡)が崩れる現象を言う。この影響はサンプルを希釈することで小さくなるが、感度との兼ね合いによりそれが難しい場合には、マトリックスマッチング法で分析を行うのが良い。内標準法では、測定波長の励起エネルギーに近い内標準元素を選択することで補正が可能となる。この場合、原子線での測定には原子線の内標準元素を、イオン線での測定の場合にはイオン線の内標準元素を選択すると良いが、MP-AES では補正効果を合わせるのが難しいため、補正における妥当性評価が必要となる。先にも述べた通り MP-AES は原子線での測定が支配的となるため、特にイオン化率の高いアルカリ金属元素などを測定する場合には、総塩濃度 TDS (Total Dissolved Solids)を0.1%未満とすることが望ましい。また電子密度の高い部分で干渉の影響が小さくなることから、塩濃度の高いサンプルでは、ネブライザーガス流量を下げて測定するのが好ましい。

4.分光干渉

分光干渉とは、共存成分の発光スペクトルと目的とするスペクトル線とが重なる現象をいう。これらの原因としては、以下に挙げられる。

(1) 他の元素の原子またはイオンのスペクトルによる発光線の重なり
(2) 分子発光スペクトル (分子バンド) による発光線の重なり
(3) バックグラウンドレベル (ベースライン) の変動
(4) 光学設計上の全ての発光スペクトルにおける迷光

上述のような分光干渉を補正するには、以下の方法がある。
(A) 高分解能な分光器を使用する
(B) 分光干渉の影響が少ない分析線を選択する
(C) スリット幅を狭めることで分解能をあげる
(D) マトリックスマッチングをして測定する
(E) 分光干渉の影響を計算式により差し引く

高濃度なマトリックス成分を含むサンプルを分析する場合には、必ずプロファイル測定をして、分光干渉の影響がない波長を選択し適切にバックグラウンド補正を行うのが良い。