メタボロミクス・プロファイリング手法を用いた 前立腺癌関連パスウェイの研究

Arun Sreekumar 氏
Baylor College of Medicine、Houston、TX

および Nigel Skinner 氏
アジレントグローバルセグメントマーケティングマネージャ、疾病研究および中毒学

これまで、癌の研究は遺伝子研究が主流でしたが、近年、癌と代謝に焦点を当てた研究が注目を集めるようになってきました。癌のメタボロミクス研究は、診断用バイオマーカーの発見や癌と発癌性を詳細に理解するために注目されています。代謝物の変化量は、遺伝子調節、転写後調節、相互作用パスウェイ、環境変動の影響が統合された結果として現れます。多様な信号のダウンストリームの統合により、最終的に代謝物は細胞のステータスの直接的な分子指標となり、ある意味を持つ生理的表現型を表していると考えられています。

メタボロミクス研究では、細胞内部または血液などから、サンプル内における代謝物の包括的なプロファイルを得る事ができます。ハイスループットでシステム・ワイドに表現型を測定するメタボロミクスは、腫瘍学の研究で大きな威力を発揮します。

メタボロミクス・プロファイリングによる生化学的パスウェイの特定

最近の研究開発にもかかわらず、去勢抵抗性前立腺癌 (CRPC) は、米国男性の癌関連死亡原因の第 2 位で基礎的な生物学的理解はまだ不十分な疾患です。メタボロミクス・プロファイリング手法が、最近、CRPC [1] に関連する生化学的パスウェイおよび膀胱癌の進行の潜在的なバイオマーカーを特定するために使用されています [2]。研究チームは、ターゲット質量分析法 (MS) と代謝表現型検査を組み合わせて使用し、転移性のアンドロゲン依存性 (AD) 前立腺癌および CRPC 細胞株内の 150 種類の代謝物の濃度を測定し、184 種類の代謝物の使用率を調査しました。代謝物データは、Oncomine Concept Map (OCM) を使用し、CRPC 中に注目すべき生化学的パスウェイを導き出しました。このパスウェイは、コンピュータ上で 公表済みの臨床的にアノテートされた遺伝子発現データセットを使用して、治療の失敗 (つまり、前立腺特異抗原 (PSA) 再発や生化学再発) との関連性を求めるために調査されました。19 種類の代謝物は AD 細胞株にたとえられる CRPC 内で変化した事が解りました。これらの変化した代謝物は、UDP グルクロノシルトランスフェラーゼ (UGT) の活性化を説明する生化学的パスウェイの高度に相互接続されたネットワークにマッピングしました。

著者は、このパスウェイに限定された遺伝子を 3 つの独立した遺伝子発現データセット内で使用し、治療失敗期間との関連性を発見しました。この事は、臨床研究用の潜在的に有用な予測ツールを導き出すために、細胞株でのメタボロミクス戦略を実施する有用性を証明しています。

去勢抵抗性前立腺癌の代謝表現型プロファイリングで Kaushi  氏等が使用したワークフロー。

図 1. 去勢抵抗性前立腺癌の代謝表現型プロファイリングで Kaushi 氏等が使用したワークフロー [1]。(図を拡大)

去勢抵抗性前立腺癌の代謝表現型プロファイリングで Kaushi  氏等が使用したワークフロー。

図 1. 去勢抵抗性前立腺癌の代謝表現型プロファイリングで Kaushi 氏等が使用したワークフロー 。

分析には Agilent 1260 Infinity バイナリ LC とAgilent 6430 トリプル四重極 LC/MS システムを使用しました。測定は、MRMメソッドを用い、高感度にターゲット化合物を検出しました。 逆相 (RP) または水性の順相分離を用いた 12 種類の異なる手法を検討し、RP 分離には、Agilent ZORBAX Eclipse XDB-C18 カラムを使用しました。図 1 は、CRPC に関係付けられる代謝シグネチャを定義するために使用した実験手法の概要です。

癌研究でのハイスループット手法

癌は、トランスクリプトミクス、プロテオミクス、メタボロミクスの複数の変異に支配される複雑な疾患です。ハイスループット・テクノロジーでの最近の開発は、癌の病因の全体図を特定するために、さまざまなプラットフォームからの再現性のあるデータを統合するための手法を強化してきました。

乳癌の研究ではハイスループット遺伝子発現データおよびプロテオミクス・データが生体ネットワーク情報と統合され、乳癌腫瘍形成の分子成分が特定されました [3]。この研究やこれに類似した研究は、癌研究における統合型パスウェイを中心とした手法に光を当てます。Kaushik 氏等は、類似の方法を採用しました。ただし、メタボロミクスからの (定常状態レベル) データとパスウェイ中心の方法での遺伝子発現からのデータとを組み合わせた独特の手法を使い、さらに代謝表現型検査のマイクロアレイ技術を使用して特定されたパスウェイの (流動) 活性をバリデーションしています。これらの方法は、CRPC の発現と関係する生化学的パスウェイを特定し、1 次治療の不成功や生化学的再発を予測します。

メタボロミクスの可能性

メタボロミクスにより、癌の理解、診断、治療の進展が期待できます。メタボロミクス手法は、発癌と増殖のメカニズムを明らかにし、多数の癌診断用バイオマーカー候補を生体液および生検サンプル内で特定するために使用され、癌の進行度診断や治療効果の評価に貢献しています。癌研究のメタボロミクスはかなり有望なものですが大きな課題があります。明確な目標はメタボロミクスによって状況を生物学的により詳細に理解し、最終的により優れた医薬品の設計と開発を可能にすることです。複数の「オミクス」の統合解析は、広く利用されている手法です。たとえば、トランスクリプトミクス・データとメタボロミクス・データとの統合により、化学受容性パスウェイと乳癌をより詳細に解析できるようになり、さらなるバリデーション、生物学的理解、そして潜在的な臨床アプリケーションを提供できるかもしれません。

統合型生物学のためのアジレントの統合型ソリューション

アジレントは 4 つの主要なオミクスにわたる分析製品を提供し、統合型マルチオミクスの探求的研究の最大活用、 インテグレートバイオロジーの推進を支援しています。パスウェイ解析を中心としたマルチオミクスデータ統合用に設計された最新バージョンの GeneSpring GX バイオインフォマティクスソフトウェアをご検討ください。また、アジレントのメタボロミクスワークフローを探索メタボロミクスの包括的な概要でご覧いただき、メタボロミクスでの MS の使用についてのアジレントの入門書をご確認ください。

References

  1. A.K. Kaushik, et al., J. Proteome Res., 2014, 13, 1088-1100.
  2. N. Putluri, et al., Cancer Res., 2011, 71, 7376-7386.
  3. M. Imielinski, et al., Mol. Cell. Proteomics, 2012, 11, M111.014910.