ろ過はおそらく、液体中の溶解成分と不溶性粒子を分離する最も古い手法です。砂ろ過器を用いた飲料水からの粒子の除去は、少なくとも古代ギリシャの時代にまでさかのぼります。現代西洋医学の父であるヒポクラテス (460 BC ごろ~370 BC ごろ) は、「ヒポクラテスの袖」と呼ばれる布を用いたろ過器を発明しました。布に水を通して、水にいやな味やにおいを与える土壌を取り除くという仕組みです。それ以来、ろ過技術は長い時間をかけて進歩してきました。現在では、ろ過はあらゆるラボで、さまざまなアプリケーションに用いられるほど便利かつ普遍的な手法になっています。しかし、フィルタが予想どおり機能できるかどうかは、フィルタ膜の化学構成やその結合力、膜製造中の品質管理などにより左右されます。
ろ過による不純物や微生物の除去は、生体サンプルの前処理や滅菌で一般的に用いられる手法です。しかし、タンパク質がフィルタ膜と結合すると、ろ過の際に分析対象である生体サンプルの量が大幅に減少する可能性があります。そのため、タンパク質結合力の低さは、生体分析アプリケーション用のフィルタを選択する際に考慮すべき重要な機能です。もう 1 つの重要な考慮事項が、フィルタの清潔さと溶媒分解への耐性です。有機溶媒の影響によりフィルタ膜が分解されると、汚染の原因になったり、分析結果に悪影響を与えたりすることがあります。
優れた回収率を実現
ポリエーテルスルホン (PES) 膜とポリビニリデンフルオライド (PVDF) 膜は、生体サンプルのろ過に一般に用いられる膜で、タンパク質結合力がきわめて低いとされています。ここでは、一般的なタンパク質群を用いて、ろ過後のタンパク質結合に起因するタンパク質のロスの可能性を評価しました。さまざまなサイズと疎水性を代表するタンパク質を選択しました。シリンジフィルタを用いてタンパク質サンプルをろ過したのち、HPLC/UV メソッドを用いてろ液を分析し、ろ過前後の単量体、二量体、凝集体ピークを比較しました (図 1)。その後、これらのタンパク質をプローブとして用いて、Agilent Captiva PES シリンジフィルタを他社の PES シリンジフィルタおよび PVDF シリンジフィルタと比較しました (図 2)。
図 1. 一般的なタンパク質のHPLC/UV クロマトグラムと、未ろ過サンプルと Agilent Captiva PES シリンジフィルタ (0.2 µm) によりろ過したサンプルの比較。 (図を拡大)
図 2. Agilent Captiva PES シリンジフィルタでは、タンパク質ろ過において他メーカーの PES および PVDF シリンジフィルタ (0.2 µm フィルタ) よりも高い回収率が得られます。
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図 3. Agilent Captiva PES シリンジフィルタと他メーカーの PES および PVDF シリンジフィルタにおける濃度 0.1~1.0 mg/mL の「くっつきやすい」ミオグロビンの回収率の比較。
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さらなる分析では、「くっつきやすい」タンパク質であるミオグロビンを選択しました。濃度は 0.1~1.0 mg/mL としました (図 3)。
図 2 および 3 に示す結果を見ると、Agilent Captiva PES シリンジフィルタでは、二量体と単量体を含めたすべての分析対象タンパク質で、他社の PES および PVDF シリンジフィルタよりも高くて一貫したろ過回収率が得られていることがわかります。
清潔さを保って汚染を回避
ろ過による汚染を防ぐことができるかどうかを確かめるために、抽出テストにより、他メーカーの PES および PVDF シリンジフィルタ膜の化学的な清潔さを評価しました (表 1)。PES 膜は有機溶媒への対応が制限されているため、水性ベースまたは有機含有率の低いサンプルに適しています。タンパク質やペプチドの分析では通常、水性ベースか、メタノールの含有率が 30 % 未満のサンプルが用いられます。そのため、PES シリンジフィルタの化学的な清潔さの評価および比較には、30 % MeOH 溶液を使用しました。ポジティブおよびネガティブモードの LC/MS シングル四重極を用いて、ろ過により抽出される可能性のある物質をスクリーニングしました。抽出物はおおむねポジティブモードで見られ、ネガティブモードのクロマトグラムは基本的にクリーンだったため、結果の考察ではポジティブモードのクロマトグラムの比較に重点を置いています。
図4. Agilent PES シリンジフィルタの清潔さは他メーカーの PES シリンジフィルタを上回っています (30 % MeOH、0.2 µmフィルタ)。
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図 5. Agilent PES シリンジフィルタの清潔さは他メーカーの PVDF シリンジフィルタを上回っています (30 % MeOH、0.2 µmフィルタ)。
(図を拡大)
カラム |
Agilent ZORBAX RRHD Eclipse Plus C18、 |
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移動相 |
A) H2O + 0.01 % ギ酸、 |
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グラジエント |
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流速 |
0.5 mL/min |
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注入量 |
8 µL |
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キャピラリ電圧 |
4000 V |
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ノズル電圧 |
2000V |
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乾燥ガス流速 |
12 L/min |
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乾燥ガス温度 |
250 °C |
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ネブライザ圧力 |
35 psig |
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シースガス流速 |
3.0 L/min |
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シースガス温度 |
150 °C |
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質量範囲 |
100~1350 |
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フラグメンター |
150 (+ve) |
表 1. フィルタ膜性能の評価に用いたクロマトグラフィ条件
図 4 では、Agilent Captiva PES シリンジフィルタと他メーカーの PES シリンジフィルタを比較しています。
図 5 では、Agilent Captiva PES シリンジフィルタと他メーカーの PVDF シリンジフィルタを比較しています。両図の矢印は、ろ過中にサンプルに導入された汚染物質を示しています。未ろ過の 30 % メタノールを対照としています。
Agilent Captiva PES シリンジフィルタでは、汚染物質は導入されていません。そのため、フィルタに起因する干渉が分析結果に影響を与えていないと確信することができます。
Agilent Captiva PES シリンジフィルタを用いたろ過でより良い分析結果を
Agilent Captiva PES シリンジフィルタは、他の PES および PVDF シリンジフィルタよりも生物学サンプルのろ過に適した選択肢です。タンパク質結合に起因するタンパク質/ペプチドのロスが抑えられ、優れた化学的清潔さを得られます。詳細については、アジレントのアプリケーションノート 5991-1308EN をご覧ください。または、Agilent Captiva シリンジフィルタの製品ラインをご確認ください。