ホスフィンやアルシンなどの水素化物ガスは、石油化学や半導体の業界で使用されるプロセス試薬中の、管理が必要な重要な不純物です。ホスフィン、アルシン、硫化水素、硫化カルボニルがポリマーグレードのエチレンやプロピレンに含まれると、ポリプロピレンプラスチックの生産で使用する触媒に悪影響を与える場合があります。半導体業界では、III-V 族化合物の半導体の製造プロセスで、ホスフィンを原料ガスとして使用します。また、ダイオードやトランジスタなどの半導体機器の製造では、ドーパントとして使用します。不要な水素化物ガスの不純物があると、最終的な機器の性能に重大な影響を与える可能性があります。
従来、このような混入異物を ppb レベルで測定すれば十分でしたが、業界内の競争が激化し、性能条件が上がるにつれて、規格が厳しくなっています。また、高純度ガスのメーカーから、分析検出限界を、レポートされている規格より 5〜10 倍低くするように求められる場合もあります。産業界からのより厳しい検出値への要望に対応するため、Agilent 8800 トリプル四重極 ICP-MS (ICP-QQQ) を使用した新しい高感度の GC-ICP-MS メソッドが開発されました。
GC-ICP-QQQ を使用したガス分析
アジレントでは、GC-ICP-MS インタフェースを使用して Agilent 7890B GC と Agilent 8800 ICP-QQQ を組み合わせました。酸素をコリジョンリアクションセル (CRC) ガスとして使用して、8800 ICP-QQQ を MS/MS マスシフトモードで操作し、Ge、As、P、S を測定しました。また、水素セルガスモードを使用して、Si の分析を m/z 28 でオンマス測定しました。チューニング条件は 2 つのモードでほぼ同じで、運動エネルギー弁別 (KED) 電圧とセルガス条件のみが異なっています。
GC-ICP-QQQによるホスフィンの検出限界の向上
この実験の目的は、最適な条件で GC-ICP-QQQ を使用して、ホスフィン (PH3) の検出限界を向上することです。Q1 を m/z 31 (プリカーサイオン31P+)、Q2 を m/z 47 に設定して、プロダクトイオン 31P16O+ を測定しました。溶出ピーク時間は 12 秒未満と比較的狭いため、合計スキャン時間は最大 1 秒に設定しました。ホスフィンの単元素分析 (PO+ として測定) では、1.0 秒の積分時間を使用しました。8.2 ppb、18.8 ppb、50.8 ppb で濃縮した場合、PH3 で多点の検量線が生成されました (図 1)。これは、不純物としてのホスフィンの測定に必要な、代表的な濃度範囲です。
また、ホスフィンの低レベル標準溶液 (0.42 ppb 以下) を調製して、検出限界 (DL) を計算できるようにしました。DL 計算には、次の 2 種類のメソッドを使用しました。
図 2 のサンプルクロマトグラムでは、ホスフィンのピークの S/N 比が 96.9 であることがわかります。DL = 2 x ((標準溶液の濃度) / (S/N)) の式を使って、検出限界の概算値 (8.67 ppt) を、2 x ((0.42 ppb) / (96.9)) で計算しました。低レベル標準溶液の複数のレプリケートを分析する標準偏差メソッドを使用した場合、検出限界は 19 ppt でした。
GC-ICP-QQQによる、その他の水素化物ガスの分析
1 回の分析で、GC-ICP-QQQ メソッドを、ゲルマニウム、アルシン、ホスフィンの多元素分析に適用しました。Ge と As は O2 反応プロダクトイオンとして、GeO+ と AsO+ は P (PO+) の反応プロダクトイオンとして測定しました。また、硫化水素 (H2S) と硫化カルボニル (COS) も分析しました。このとき、O2 マスシフトモードを使用して、硫黄の ICP-QQQ 測定に基づき、32S16O+ 反応プロダクトイオンとして、m/z 48 で分析しました。シランの分析の場合、Si は主要同位体 28Si で直接 (オンマスで) 、H2 セルガスを使用して測定しました。28Si+ での主要な多原子干渉は、12C16O+ と 14N2+ です。これは、プラズマガスのアルゴン中、および空気からの拡散でプラズマ内に、CO2、N2、O2 が存在するためです。リアクションガスとしては、H2 を選択しました。これは、CO+ と N2+ の干渉をH2 セルガスで除去するためです。Si+ はH2 とほとんど反応しないので、オンマス(質量数28)で測定可能です。
GC-ICP-QQQ と GC-ICP-MS の検出限界技術の比較
比較のため、GC-ICP-QQQ (8800 ICP-QQQ を使用) と GC-ICP-MS で H2S、COS、PH3、GeH4、AsH3、SiH4 を分析しました。このとき、Agilent 7900 の従来の四重極 ICP-MS で、同じ GC メソッドを使用しました。両方の技術の検出限界 (DL) の概要については、表 1 を参照してください。バックグラウンドノイズが非常に低い成分 (Ge-74、As-75) の場合、GC-ICP-MS と GC-ICP-QQQ のどちらを使っても、一桁の ppt レベルの検出限界を簡単に達成できます。ただし、バックグラウンドが高くなりやすい成分 (P-31 および S-32) の場合、MS/MS を O2 セルガスで使用したり、酸素添加反応プロダクトイオン PO+ および SO+ をマスシフトモードで測定すると、さらに低い検出限界を達成できます。また、MS/MS モードで H2 セルガスを使用すると、マス 28 でバックグラウンド干渉を効率的に除外できるため、Si を主要同位体の質量数28でオンマス測定できます。
水素化物ガス |
Agilent 8800 ICP-QQQ |
Agilent 7900 ICP-MS | ||
---|---|---|---|---|
H2S |
|
DL, ppb |
|
DL, ppb |
|
32 ->48 (O2) |
|
32 (ノーガス) |
|
|
MDL 7 reps |
0.21 |
MDL 7 reps |
0.62 |
|
MDL 2 x S/N |
0.11 |
MDL 2 x S/N |
0.22 |
COS |
|
|
|
|
|
32->48 (O2) |
|
32 (ノーガス) |
|
|
MDL 7 reps |
0.12 |
MDL 7 reps |
0.51 |
|
MDL 2 x S/N |
0.11 |
MDL 2 x S/N |
0.21 |
PH3 |
|
|
|
|
|
31->47 (O2) |
|
31 (ノーガス) |
|
|
MDL 7 reps |
0.019 |
MDL 7 reps |
0.139 |
|
MDL 2 x S/N |
0.009 |
MDL 2 x S/N |
0.077 |
GeH4 |
|
|
|
|
|
74->90 (O2) |
|
74 (ノーガス) |
|
|
MDL 7 reps |
NA |
MDL 7 reps |
0.013 |
|
MDL 2 x S/N |
0.0038 |
MDL 2 x S/N |
0.0013 |
AsH3 |
|
|
|
|
|
75->91 (O2) |
|
75 (ノーガス) |
|
|
MDL 7 reps |
NA |
MDL 7 reps |
0.016 |
|
MDL 2 x S/N |
0.0013 |
MDL 2 x S/N |
0.006 |
SiH4 |
|
|
|
|
|
28->28 (H2) |
|
28 (H2) |
|
|
MDL 7 reps |
0.14 |
MDL 7 reps |
1.09 |
|
MDL 2 x S/N |
0.196 |
MDL 2 x S/N |
1.18 |
*NA = 該当なし
表 1. GC-ICP-QQQ と GC-ICP-MS の検出限界の比較
GC-ICP-QQQ によるベンチマーク検出限界の設定
Agilent 8800 ICP-QQQ には、バックグラウンドが非常に低く、感度が非常に高いという特徴があります。このため、GC-ICP-QQQ メソッドで、高純度ガス中のさまざまな混入遺物を、業界が求める低い検出レベルで特定できます。従来の四重極 ICP-MS、GC-ICP-QQQ DL を搭載した GC-ICP-MS と比較した場合、シラン、ホスフィン、硫化水素、硫化カルボニルの検出限界値が 5〜10 倍低くなり、シランで200ppt,ホスフィンで15pptの検出限界値が得られました。
Agilent ICP-MS ジャーナル
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