水試料から、これまで検出されたことのない化学物質が発見されたり、予想とは大きく異なる濃度で検出されたりする事例が増えてきています。そうした化学物質は、その存在、発生頻度、環境や人の健康へのリスク等が未知であることから、一般に「新たな懸念対象となる汚染物質 (CEC:Contaminants of Emerging Concern)」と呼ばれます。ここでは、最近のLC/MS/MS による CEC 分析の 2 例を紹介します。1 例目は、排水処理工程全般での微量 CECモニタリングです。2例目は、時間のかかるサンプル前濃縮なしで表層水試料中の医薬品およびパーソナルケア製品 (PPCP) の ng/L レベルの分析です。
米国環境保護庁 (EPA) は、PPCP やペルフルオロ化合物など多数の CEC について調査研究を進めています。世界中の河川、湖、地下水で CEC 検出事例が増えていることから、環境や人の健康への危険性を理解するためには、こうした調査研究が必要です。
CEC の中には内分泌かく乱物質として知られている物質もあれば、グルココルチコイド活性に影響を与える物質もあります。低用量CEC に長期間曝露による相乗作用については、まだ明らかになっていません。そのため、EPA は規制外汚染物質のモニタリング規則 (UCMRs:Unregulated Contaminant Monitoring Rules) を制定し、上水道中の CEC を調査しています。
水質汚染を引き起こすおそれがある既知物質の調査に加えて、水中の複合化合物毒性スクリーニング法の開発することにより、検出状況と健康状態の関連性を詳細に研究調査していくことが重要です。(個々の化学物質ではなく) 混合して飲料水に含まれる汚染物質への取り組みは、規制、科学、および公共関係各団体にとって重大な関心事です。
高感度 UHPLC/MS/MSシステムによるCECモニタリング
アリゾナ大学の科学者グループは、Agilent 1290 Infinity LC / 6460 トリプル四重極 LC/MS システム による UHPLC/MS/MS メソッドが開発しました。36 種類の化合物のほとんどで、1 ppb と同等か、それを大きく下回るLOD (検出下限)、LOQ (定量下限) が得られます。MRL は 0.1~15 ppt の範囲でした。
サンプルあたり 20 分未満という分析時間という要件を満たすため、 Agilent ZORBAX Eclipse Plus C18 カラムが使用されました。アリゾナ州とカリフォルニア州の排水処理施設で、このメソッドを用いて、未処理廃水から塩素除去された放流水までの排水処理全工程で CEC 濃度のモニタリングを行いました。表 1 から、一部の CEC は排水処理後でも 1,000 ng/L を超える濃度で検出されたことがわかります。一部の CEC (例えばスルファメトキサゾールやベンゾフェノン)については、処理プラントの除去能力に著しい差があることも明らかです。[1]
廃水処理施設 1 |
廃水処理施設 2 |
||||||
化合物 |
バー |
BNROD1後 |
砂ろ過後 |
塩素 |
浄化 |
汚泥を活性化 |
塩素除去 |
ESI ポジティブモード |
|||||||
スクラロース |
8,979 |
8,171 |
7,573 |
7,954 |
>6,000 |
>6,000 |
>6,000 |
スルファメトキサゾール |
6,078 |
3,909 |
3,013 |
39 |
2,287 |
843 |
1,134 |
トリス (1-クロロ-2-プロピル) リン酸 (TCPP) |
5,665 |
3,874 |
3,408 |
2,907 |
1,654 |
2,903 |
3,035 |
ベンゾフェノン |
4,541 |
314 |
318 |
219 |
>4,000 |
2,318 |
1,708 |
ESI ネガティブモード |
|||||||
イブプロフェン |
>8,000 |
50 |
<MRL2 |
<MRL |
>6,000 |
1,810 |
1,589 |
ゲムフィブロジル |
>6,000 |
399 |
234 |
193 |
2,747 |
2,382 |
2,188 |
1生物学的栄養素除去酸化溝(Biological nutrient removal oxidation ditch)
2Method reporting limit
表 1. アリゾナ州とカリフォルニア州の処理施設の全処理工程で測定された、排水に含まれる特定種類の CEC (ng/L)。
図 1. 表層水のイオンクロマトグラム (左) では、ジルチアゼムとスルファメトキサゾールが検出されています。中央 にイオン比を、右 に対応するスペクトルを示します。
(図を拡大)
サンプル前処理工程を不要とした低コスト・高感度なPPCPs分析
コロラド州デンバー付近で採取された表層水中 PPCPsを、Agilent 1290 Infinity LC/ 6460 トリプル四重極 LC/MS システムにより、前処理を行わず、直接分析しました。上記の例と同じくAgilent ZORBAX Eclipse Plus C18 カラムが使用されました。検出下限が (分析対象物の化学構造やイオン化効率により) 1~500 ng/L の範囲にある 20 種の PPCP を測定するのに、サンプル前濃縮は不要でした。サンプル前濃縮工程の省略により、分析は容易になり、かつ、コストも大幅に削減されました。
図 1 では、上記化合物の中からジルチアゼムとスルファメトキサゾールの 2化合物について、イオン存在量比の定量を示します。MRMの選択性と機器の感度により、PCPPs の複合マトリックス中でも両医薬品が容易に同定されています。[2]
水分析で高感度・高スループット分析を実現するアジレントソリューション
ここで紹介したアジレントの水分析ソリューションは2例だけですが、アジレントは非常に低濃度の新たな汚染物質に対しても正確で高スループットの分析ソリューションを提供しています。アジレントの技術を用いれば、複雑な混合物に含まれる汚染物質も分離させ個別に測定することができます。新たな懸念対象となる汚染物質として世界中の水源に入り込む 化学物質(CEC、PPCPs等) の使用量が増えている状況で、これは重要な有用なソリューションです。