Access Agilent 2013年1月号

美術品や歴史的遺物の保存と修復のためのハンドヘルド FTIR 分析

Alan Rein
アジレントビジネスデベロップメントマネージャ

Frank Higgins
アジレントアプリケーションデベロップメントエンジニア

Pik Tang Leung
アジレントアプリケーションエンジニア

フーリエ変換赤外 (FTIR) 分光法は、美術品や歴史的遺物の保存、修復、真贋の確認などの目的で、貴重な品々の分析に以前から用いられています。ハンドヘルド型 FTIR 分光光度計 Agilent 4100 ExoScan FTIRや Agilent 4200 FlexScan FTIRを使えば、貴重な品物を移動させたり、分析のためのサンプルを採取したりせずに、分析をおこなうことが可能です。

長さ150 mmの Agilent Poroshell 120 EC-C18 カラムを使用した 10 種類の着色料の分離。7つの波長で得られたピークの重ね表示。

図 1. Agilent 4100 ExoScan FTIR による修復中の絵画分析

このアプリケーションにおいてFTIR 分光法を用いる利点には、この分析ならではの感度、同定性能、そして非破壊分析が可能であることが挙げられます。一般的なアプリケーションとしては、絵の具や結合剤、ラッカー、仕上げ剤の分析などがあります。また、保護コーティングの酸化の度合いや、コーティングの効果を分析することもできます。美術品保存という点では、劣化により生じる化学的変化の測定にも利用できます。

これまでの FTIR 分光光度計はラボに設置して使用するタイプで、非破壊分析が可能であるとはいえ、多くの場合、測定の際には分析対象物から少量のサンプルを採取する必要があります。分析対象物への損傷を最小限に抑えるために、採取されるサンプルはきわめて少量で、たいていは顕微赤外分光法を用いて測定されます。必要なサンプルが少量とはいえ、サンプル採取により貴重な品に損傷を与えることになります。さらに、少量のサンプルでは、採取元になった広い部分の化学的組成を代表していないこともありえます。修復プロセスの継続的なモニタリングは、サンプリングによる損傷の度合いが大きくなるため、望ましいものではありません。

Agilent 4100 ExoScan FTIR および 4200 FlexScan FTIR: オンサイトで優れたデータを入手

ハンドヘルド型 FTIR 分光光度計の Agilent 4100 ExoScan FTIR および 4200 FlexScan FTIRは、いくつかの理由から重要なシステムといえます。まず、こうした FTIR 分光光度計はきわめて小型で、分析対象物がラボにあっても、美術館のフロアにあっても、屋外にあっても、現場までシステムを運ぶことができます。つぎに、サンプルをいっさい採取せずに分析することが可能です。したがって、真の非破壊分析が可能となり、分析対象物の多くの領域を迅速に測定することができます。有益な情報を得るために欠かせない Agilent ハンドヘルド型 FTIR 分光光度計は、従来のベンチトップ型システムに匹敵する性能を備えています。そのため、採取されたデータは高品質で、情報量も豊富です。

Agilent ハンドヘルド型 FTIR 分光光度計は、以下のことが可能です。

  • 絵の具、紙、文書、原稿、歴史的写真、彫像、建築物、タペストリー、タイル、モザイク、木材などの分析
  • 洞窟絵画、天井画、モザイク画、移動できない大型美術品がある考古学発掘地や史跡での使用。ラボへ送ったり、
    ラボ分析用のサンプルを採取したりすることが不可能な大型美術品や貴重品のオンサイトでの分析
  • 天然および合成有機および無機顔料、着色剤、染料、乾燥結合剤、ラッカー、樹脂、コーティング剤、
    接着剤、繊維などの同定分析
  • UV 照射、熱、環境汚染に起因する損傷などの劣化の影響の測定
  • 貴重な歴史的遺物の洗浄および修復のサポート
  • 偽造品や修復された品の同定
グラジエント分析における、分析者による移動相調製とポンプによる移動相調製。

図 2. この寺院の扉の分析には、拡散反射サンプリングアクセサリを搭載したハンドヘルド型 FTIR 分光光度計 Agilent 4100 ExoScan FTIRを使用しました。
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この寺院の扉の分析には、拡散反射サンプリングアクセサリを搭載したハンドヘルド型 FTIR 分光光度計 Agilent 4100 ExoScan FTIRを使用しました。

図 2. この寺院の扉の分析には、拡散反射サンプリングアクセサリを搭載したハンドヘルド型
FTIR 分光光度計 Agilent 4100 ExoScan FTIRを使用しました。

グラジエント分析では、ポンプで移動相を調製したほうが、分析者の手で移動相を調製した時よりもリテンションタイムの変動が大幅に小さくなっています。

図 3. 扉の赤色部と黒色部の赤外スペクトルから、場所によりシュウ酸塩の量がことなることがわかります。 (図を拡大)

扉の赤色部と黒色部の赤外スペクトルから、場所によりシュウ酸塩の量がことなることがわかります。

図 3. 扉の赤色部と黒色部の赤外スペクトルから、場所によりシュウ酸塩の量がことなることがわかります。

微生物による劣化が判明した寺院の扉の分析

大きすぎたり、歴史的な重要性が高すぎたりして、分析のためにラボへ運べない芸術品もあります。ラボでの分析のために芸術品から少量のサンプルを採取することは、特にその芸術品の多くの部位を調査しなければならない場合には、望ましいことではありません。そのため、芸術品の設置場所で使用できるハンドヘルド型 FTIR 分光光度計がきわめて重要となります。

その一例が、拡散反射サンプリングアクセサリを搭載した Agilent 4100 ExoScan FTIRを用いて、台湾の北港朝天宮の彩色扉を調査した事例です ( 2)。この扉の劣化した塗料の赤外スペクトルでは、シュウ酸塩、炭酸カルシウム、セルロースの存在量に違いが見られました。シュウ酸塩は、塗料や染料、セルロースを餌とする菌類や藻類などの微生物の副生成物として知られています。これらの微生物が排出するシュウ酸により、塗料の顔料が痛むことがあります。この扉のうち、明るい赤になった部分の赤外スペクトルではシュウ酸塩はほとんど見られませんが、黒くなった部分では、それよりもずっと高濃度のシュウ酸塩が観察されています ( 3)。

彩色扉の多くの部位を分析したところ、さまざまな量のシュウ酸塩の存在が明らかになり、混合塗料の主要化学成分も特定されました。主成分は、炭酸カルシウム、タルク、カオリン粘土、セルロースでした。これらの分析は、サンプルを採取したり、扉を破壊したりすることなくおこなわれました。

FTIR 分光法は、芸術品や歴史的遺物の保存および修復に関する幅広いアプリケーションで役立ちます。ハンドヘルド型 FTIR 分光光度計 Agilent 4100 ExoScan FTIRおよび 4200 FlexScan FTIR を使えば、分析対象物のある場所へ分光光度計を持ち出し、直接分析することが可能です。