食品分析においては、毒性のおそれのある微量元素に対する認知が高まるに連れ、より多くの元素モニタリングの要求と規制値の引き下げが行われるケースが多くなっています。そのため、多くの食品分析ラボでは、これらニーズに対応するため誘導結合プラズマ質量分析計(ICP-MS) の導入や導入検討が行われています。
旧来から確立されている金属分析テクニックを使用しているラボでは、ICP-MS の導入に際して、いくつかの問題が起こることがあります。微量分析の場合、低い検出下限を常に達成できるようにするためには、現在、ラボで行っている作業慣行の変更が求められることがあります。ICP-MS は一般に、プラズマ発光分析 (ICP-OES) や原子吸光分析 (AAS) などの確立された誘導結合プラズマテクニックよりも、技術的な習得が難しいことがあります。特に、新たなサンプルタイプに対応できる複雑なメソッド開発を行う場合は、難易度が高くなります。適切な分析対象同位体や内部標準元素を選択するためには、豊富な経験と知識が求められます。干渉要因となる可能性のある成分を特定し、干渉を解消するための質量分析の原理も理解しておく必要があります。ICP-MS のコリジョンリアクションセル (CRC) 技術の導入により、食品分析で通常扱うサンプルで生じる、一般的な多原子干渉のほとんどを除去することが可能になっていますが、更なる微量分析に適したセルガスモードを選択したり、設定するためには、より専門的な知識が求められます。
Agilent 7900 ICP-MS では、最新バージョンの MassHunter 4.1 ソフトウェアを使用しています。このソフトウェアは、メソッド開発を簡単に行える新たなメソッド自動化機能を搭載しています。この機能を使えば、ユーザーの経験値にかかわらず、サンプルタイプに対応した信頼性の高いメソッドを簡単に開発することが可能です。
図 1. メソッドのサマリーおよびハードウェア構成が表示されます。ここでメソッドウィザードモードを選択します。(図を拡大)
メソッド開発を簡単にする自動メソッドウィザード
Agilent MassHunter 4.1 の「メソッドウィザード」機能は、手動でも操作できますが、7900 ICP-MS では全自動モードで使用できます (図 1)。手動モードは、サポートされているすべての Agilent ICP-MS メインフレームで使用できます。ユーザーがサンプルの総溶解固形分 (TDS) 濃度に関する情報を入力し、分析対象元素を手動で選択します。その後、最高のサンプルスループットまたはもっとも低い検出下限が得られるように、メソッドウィザードが取り込み条件を最適化します。手動モードは、ある程度の ICP-MS の使用経験があり、メソッド開発の作業を単純化したい分析技術者が、よく分析するサンプルタイプにおける条件の最適化に便利です。
自動モードでは、メソッドウィザードが最適な動作条件 (プラズマモードおよびチューニング条件)、分析対象同位体、積分時間、セルガスモード、内部標準を選択します。この選択は、現在の機器構成とユーザーの典型的なサンプル組成から最適化が行われます。サンプル組成は自動プロセスの一環として測定されます。必要なすべての情報 (チューニング、キャリブレーションおよび未知サンプル溶液、キャリブレーションおよび内部標準原液の組成など) を入力すれば、メソッド開発が自動的に実行できます。
チューニング溶液の測定結果をもとに、サンプル取り込みおよび洗浄時間が計算されます。TDS 値と主要元素組成については、典型サンプルの半定量分析結果から導出され、測定された TDS 値を用いて、適切なプラズマモード (低マトリクス、汎用、HMI エアロゾル希釈係数) が決定されます。主要元素組成から、マトリクスベースの干渉の可能性が特定され、各分析対象成分に最適なセルモード (ノーガス、He、高エネルギー He、H2)、同位体、積分時間、内部標準が選択されます。このように自動的に設定が最適化され、ターゲットとなるサンプルタイプについて、すぐに使用できるバッチ取り込みパラメータが作成されます。
信頼性のある分析結果を実現する自動メソッド
この研究に使用した認証標準物質 (CRM) は、NRC-CNRC(カナダ国立研究機構)の DORM-4 (魚タンパク質)、産業技術総合研究所・計量標準総合センター(NMIJ) の CRM 7402-a (タラ組織) および CRM 7403-a (メカジキ組織) です。DORM-4 CRM は、メソッドウィザードでの取り込みパラメータ最適化に必要な「典型的なサンプルマトリクス」として使用しました。プラズマモードは、メソッド設定中に測定される典型的なサンプルの TDS 濃度をもとに選択されます。このケースでは、分解により TDS 値が 1000 ppm を下回ったため、「低マトリクス」モードが選択されました。
3 つの CRM のうち、1 つ以上に含まれる参照値を持つ分析対象元素を中心に、多量から微量までの幅広い濃度幅を持つ元素を測定しました。自動的に作成されたメソッドを用いて、7900 ICP-MS で測定した結果を、表 1 に示します。可能な場合には認証値も記載しています。すべてのケースで、測定値は認証値と良好に一致しました。
分析対象元素 |
単位 |
DORM-4 (魚タンパク質) |
7402-a (タラ組織) |
7403-a (メカジキ組織) | |||
---|---|---|---|---|---|---|---|
濃度 |
認証値 |
濃度 |
認証値 |
濃度 |
認証値 | ||
9 Be |
mg/kg |
0.01 ± 0.00 |
|
N.D.(<0.0008) |
|
N.D.(<0.0008) |
|
23 Na |
g/kg |
12.9 ± 0.3 |
|
3.4 ± 0.1 |
3.6 ± 0.2 |
3.57 ± 0.07 |
3.57 ± 0.12 |
24 Mg |
g/kg |
0.81 ± 0.01 |
|
1.29 ± 0.03 |
1.34 ± 0.03 |
1.60 ± 0.03 |
1.58 ± 0.04 |
31 P |
g/kg |
7.6 ± 0.2 |
|
10.8 ± 0.1 |
12 |
14.5 ± 0.2 |
14.5 ± 0.4 |
34 S |
g/kg |
8.7 ± 0.2 |
10.4 ± 0.1 |
8.43 ± 0.06 |
|||
39 K |
g/kg |
12.6 ± 0.6 |
|
21.3 ± 1.2 |
22.3 ± 1.0 |
25.5 ± 0.8 |
26.3 ± 1.1 |
40 Ca |
g/kg |
2.18 ± 0.11 |
|
0.46 ± 0.03 |
0.52 ± 0.05 |
0.196 ± 0.014 |
0.189 ± 0.009 |
51 V |
mg/kg |
1.50 ± 0.01 |
|
N.D.(<0.014) |
|
N.D.(<0.014) |
|
52 Cr |
mg/kg |
1.75 ± 0.09 |
1.87 ± 0.16 |
0.67 ± 0.00 |
0.72 ± 0.09 |
0.058 ± 0.001 |
|
55 Mn |
mg/kg |
3.02 ± 0.11 |
|
0.41 ± 0.03 |
0.41 ± 0.03 |
0.190 ± 0.004 |
0.201 ± 0.010 |
56 Fe |
mg/kg |
339 ± 20 |
341 ± 27 |
11.2 ± 0.5 |
11.2 ± 0.9 |
13.6 ± 0.7 |
13.1 ± 0.5 |
59 Co |
mg/kg |
10.7 ± 0.09 |
|
0.030 ± 0.003 |
0.04 |
0.015 ± 0.001 |
|
60 Ni |
mg/kg |
1.26 ± 0.11 |
1.36 ± 0.02 |
0.40 ± 0.10 |
0.38 ± 0.05 |
0.076 ± 0.037 |
|
63 Cu |
mg/kg |
15.8 ± 0.1 |
15.9 ± 0.9 |
1.13 ± 0.02 |
1.25 ± 0.07 |
1.26 ± 0.02 |
1.31 ± 0.04 |
66 Zn |
mg/kg |
49.3 ± 0.5 |
52.2 ± 3.2 |
20.5 ± 0.2 |
21.3 ± 1.5 |
33.3 ± 0.2 |
33.6 ± 1.0 |
75 As |
mg/kg |
6.73 ± 0.08 |
6.80 ± 0.64 |
36.4 ± 1.1 |
36.7 ± 1.8 |
6.77 ± 0.13 |
6.62 ± 0.21 |
78 Se |
mg/kg |
3.47 ± 0.12 |
3.56 ± 0.34 |
1.8 ± 0.1 |
1.8 ± 0.2 |
2.11 ± 0.06 |
2.14 ± 0.11 |
88 Sr |
mg/kg |
9.72 ± 0.10 |
|
1.74 ± 0.03 |
2 |
1.08 ± 0.02 |
1.13 ± 0.03 |
95 Mo |
mg/kg |
0.261 ± 0.005 |
|
0.010 ± 0.006 |
0.01 |
N.D.(<0.0008) |
|
107 Ag |
mg/kg |
0.022 ± 0.001 |
|
N.D.(<0.0050) |
|
N.D.(<0.0050) |
|
111 Cd |
mg/kg |
0.304 ± 0.001 |
0.306 ± 0.015 |
0.009 ± 0.000 |
0.009 |
0.152 ± 0.003 |
0.159 ± 0.006 |
118 Sn |
mg/kg |
0.077 ± 0.004 |
0.056 ± 0.010 |
0.016 ± 0.002 |
|
0.036 ± 0.001 |
|
121 Sb |
mg/kg |
0.009 ± 0.000 |
|
0.014 ± 0.001 |
0.02 |
0.002 ± 0.001 |
|
137 Ba |
mg/kg |
5.01 ± 0.03 |
|
0.027 ± 0.002 |
|
2.4 ± 0.02 |
|
202 Hg |
mg/kg |
0.358 ± 0.004 |
0.410 ± 0.055 |
0.53 ± 0.01 |
0.61 ± 0.02 |
5.02 ± 0.02 |
5.34 ± 0.14 |
205 Tl |
mg/kg |
0.001 ± 0.002 |
|
N.D.(<0.010) |
|
N.D.(<0.010) |
|
208 Pb |
mg/kg |
0.405 ± 0.007 |
0.416 ± 0.053 |
0.03 ± 0.00 |
0.04 |
0.006 ± 0.003 |
|
232 Th |
mg/kg |
0.177 ± 0.002 |
|
N.D.(<0.0008) |
|
N.D.(<0.0008) |
|
238 U |
mg/kg |
0.056 ± 0.005 |
N.D.(<0.0010) |
N.D.(<0.0010) |
表 1. Agilent MassHunter ICP-MS メソッドウィザードで作成したメソッドを用いて測定した食品 CRM の分析結果。
応用性の高い自動メソッド開発
Agilent ICP-MS MassHunter ソフトウェアの自動メソッドウィザードで作成したメソッドを使えば、さまざまな食品分析用認証標準物質に含まれるすべての主要および微量元素について、正確な分析結果を得られることが実証されました。これと同じアプローチを、環境、地質学、製薬などの別の分野のサンプルに用いることもできます。これにより、ルーチン分析ラボのメソッド開発が大幅に簡略化されます。
Agilent 7900 ICP-MS を用いた簡単なメソッド開発の詳細
食品 CRM の微量金属成分測定における Agilent 7900 ICP-MS のメソッド自動化ソフトウェアの利点を詳しく知りたい方は、アジレントアプリケーションノート 5991-4556EN をダウンロードしてください。
Agilent ICP-MS ジャーナル
微量金属の分析に興味がおありですか?ICP-MS 分野の最先端技術に関する最新情報をお知りになりたいですか?そうであれば、ICP-MS 分野を専門に扱うアジレントの ICP-MS ジャーナルを是非ご覧ください。ICP-MS ジャーナルは、年に 4 回、PDF 形式で発行しています。ICP-MS ジャーナルアーカイブでは、最新号のほか、過去の号をすべて読むことができます。