Access Agilent 2011年3月号

ICP-MS による低濃度水銀の分析

Ed McCurdy
Agilent ICP-MS プロダクトマーケティング

水銀の歴史と用途

水銀は、通常の室温で液体となる唯一の金属であるという特徴があります。水銀の工業的な用途には、従来の温度計や気圧計、塩素製造、歯科用アマルガム、顔料、バッテリ、照明などがあります。水銀は小型の電球形蛍光灯にも使用されています。電球型蛍光灯はエネルギー効率に優れるため、旧来のフィラメントタイプの電球の代わりに使用されることが増えてきています。

水銀の分析: 課題

水銀分析用の従来のメソッドの多くは、水銀測定装置で使用してきました。これはラボの全体的な生産性とワークフローの効率を考えると、水銀測定を誘導結合プラズマ質量分光器 (ICP-MS) で通常のルーチン分析に含めることができると効果的です。ただし、ICP-MS による水銀分析にはいくつかの課題があります。

  • 水銀はイオン化ポテンシャルが非常に高いため (10.44eV)、プラズマ内で約 4% しかイオン化されません。ICP-MS では (原子ではなく) イオンのみ測定されるため、水銀の感度が低下します。

  • 水銀は同位体の数が多く(7)、すべて 30% 未満の濃度です。総元素濃度が多くの異なる同位体に分割されるため、個々の同位体に対するイオン数は (必然的に感度も) 低下します。

  • 水銀は容器およびサンプル導入壁面への吸着により回収率が低く洗浄時間が長くなります。また水銀は揮発性なのでふたがついていない容器などで前処理を行われると揮発されることがあります。

水銀分析が必要なサンプルは、通常はふたがついている容器で前処理されますが、ICP-MS による低濃度 Hg の分析結果は、複数の追加要因に左右されます。

  • 水銀原子のイオン化を最大化するために、プラズマはできるだけ高い温度 (なるべく低い CeO+/Ce+生成比) に設定する必要があります。

  • システムは、各 水銀同位体のイオン化の程度と濃度の低さを補完できる高感度を実現する必要があります。

  • 適切なサンプル前処理をすることにより水銀 の安定性を維持する必要があります。

Agilent 7700 シリーズ ICP-MS は、最初の 2 つの要件に対応しています。3 番目の要件を満たす最もシンプルなアプローチは、低濃度塩酸 (HCl) を使用してすべてのサンプルおよび標準試料を前処理し、水銀が安定した塩化混合物に変換されるようにすることです。たとえば、0.1 M HCl では、Hg はほぼ同量の [HgCl2]、[HgCl3]- および [HgCl4]2- として溶液中に存在します。

図 1. 同じスケールで示したノーガスモード (上) と He モード (下) における 5% HCl マトリクスの多原子干渉物の比較。(画像を拡大)
図 2. 1 桁の ppt の DL および BEC (バックグラウンドは同等の濃度) を示す ng/L (ppt) レベルの水銀のキャリブレーション。(画像を拡大)

水銀の化学的安定性の維持

V、Cr、Ge、As、および Se に対する CI ベースの多原子干渉物による問題を回避するために、多くの ICP-MS メソッドでは硝塩酸 (HNO3) 単体 (特に HCl を除外) を使用したサンプル前処理が推奨されています。ただし、HCl を除外すると、Hg、As、Se、Mo、Tl、Ag などの多くの元素で安定性の問題が発生します。

コリジョン/リアクションセル (CRC) を搭載したICP-MS でも、サンプル中に自然に存在するものか HCl の形で添加されたものかにかかわらず塩化物の存在は干渉物の除去に反応セルガスを使用しても効果が十分でないことがあります。V および Cr に干渉するClO および ClOH 干渉物の除去には一般にアンモニア (NH3) 反応ガスが推奨されますが、NH3 は As に干渉するArCl および CaCl 干渉除去には効果が十分ではないため、V、Cr、および As をすべて測定する必要がある場合は別の反応ガス (O2、H2、CH4 など) が必要です。しかしこれらの反応セルガスはいずれもすべてのサンプルで効果が十分ではありません。

7700 シリーズ ICP-MS のコリジョン技術の進歩により、単一のHe モードでオクタポールリアクションシステム (ORS3) を操作することにより、すべての Cl ベース干渉物を除去するシンプルなアプローチが可能になりました (図 1)。

その結果、7700 シリーズ ICP-MS での分析では、酸性サンプルの前処理とサンプルの安定化に 0.5 ~ 1.0% の HCl を含めることができます (また、HCl を含める必要があります)。また、自然濃度が高いあるいは濃度が変わる Cl を含むサンプルは、複数の反応セルガスを用いた複数メソッドがなくても確実に測定できるようになりました。HCl の存在により、7700 上で Hg を 1 桁の ppt 検出下限 (DL) で日常的に測定できます (図 2)。WO による多原子オーバーラップがない 201Hg 同位体 (13.18% の濃度) を測定しました。

低濃度 水銀のルーチン分析

7700 シリーズ ICP-MS は、単一He セルモードで Cl ベースのあらゆる多原子干渉物を効果的に除去するため、パーセントレベルの塩化物が存在してもV、Cr、および As を確実に分析できます。その結果、HCl を ICP-MS 分析用のサンプルに日常的に追加して、Hg などの多くの元素の化学的安定性をより向上できるようになりました。これにより、7700シリーズICP-MS で他の元素の分析を低下させることなくHg の ppt レベル分析が可能になります。

Agilent ICP-MS ジャーナル

微量金属の分析に興味がおありですか? ICP-MS 分野の最先端技術に関する最新情報をお知りになりたいですか? そうであれば、ICP-MS 分野を専門に扱うアジレントの ICP-MS ジャーナルを是非ご覧ください。ICP-MS ジャーナルは、年に 4 回、PDF 形式で発行しています。ICP-MS ジャーナルアーカイブでは、最新号のほか、過去の号をすべて読むことができます。